実録 026-METAL 日記後の四日間(その2)その1へ

丹野賢一

10月7日、23時過ぎ。
20人前後で共同生活をしている貸家に戻り、遅い夕食を皆で始める。
勿論、ゆっくりと食を味わっている時間は無く、同時進行で本番に向けたミーティング。
演出・構成・音楽・照明、装置の仕掛け等々、一度本番と同じ(近い)条件で試してみて、変更や再構成しなければならない事柄は、いくら事前の想定を細かくしていても山ほど出てくる。
広くはないリビングにこの場所に寝泊まりしている全員が集合しての話し合いは続く。

日が変わった0時過ぎ。
プロデューサーの山本達也氏が、さきらの事務長・谷口誠一氏を伴ってやってくる。話があるという。
アーティスト、テクニカルのスタッフは明日の本番に向け、最重要なミーティングの最中だ。我々はこれを続けなければならない。
「その1」でも書いたように、何もせず放っておいても本番の日は来るが、本番で上演する作品は出来ないのだ。
アーティストマネージャーの松本美波と制作の山口佳子が二階の別室で対応する事にする。
1時間以上は過ぎていたであろう。本番に向けた細かいミーティングが続くリビングに、松本が降りてくる。
さきら側は「近隣住民から苦情が来た為、10月8日、9日の本番を中止し、10日、1日だけの公演とする事をさきら内部の会議で決定した。」と言っているとの事。
無論飲める提案ではないし、松本、山口も拒否している。
そして、自分達で近隣住民に説明に行きたいと逆提案するのだが、それはさきら側に拒否されているとの報告だ。
引き続き、交渉を続けるように指示をし、松本は山本氏、谷口氏のいる二階へと戻り、それぞれのミーティングを再開する。
深夜3時頃、松本、山口が再び一階のリビングに降りてくる。さきらの二人も帰っていく。
二階での話は最後まで平行線であったが、プロデューサー・山本氏が「もう一度、持ち帰って話しましょう」と事務長・谷口氏に提案し、明日(もう今日だが)さきら側での再会議を約束していったというものだった。
本番に向けたミーティングの方は、まだ終わらない。その後も約1時間は続き、朝4時頃ようやく解散し、各自の部屋に戻っていく。

10月8日(金)本番初日。
朝から野外会場では、つい数時間前までのミーティング結果を踏まえた、本番に向けての装置、音楽、照明の最終設営作業を開始。
一方、さきらの会館内では、昨日持ち帰った案件の話し合いが再開される。
さきら側からは、プロデューサー・山本氏、事務長・谷口氏に加え、副館長の仙石龍岳氏が出席、NUMBERING MACHINEからは、アーティストマネージャーの松本、制作の山口に舞台監督の村瀬満佐夫が加わる。
さきら側の「10月8日、9日の本番を中止し、10日、1日だけの公演。」という提案(後から思えば、これは提案でも何でもなく通達であり、強制であった)は何も変わっていなかった。
近隣に説明に行きたいと言っても、「(さきら内部での)会議での決定は崩せないから、それは無理。」と却下される。
「1日だけでも公演をやった方が、全て無くなるよりよいでしょう。」とも言ってくる。
昨夜と同じように平行線の話し合いは続く。
とにかく音を出しても良いのは「10日だけ」と言い続けていたさきらの態度がほんの僅かだけ変化を見せる。
「リハーサルならば、今日やらせてあげてもいい。マンションの自治会に頼みに行ってあげる事は出来る。」と。
この口調からもわかるように、とにかく共に物事を作ろうとする、考えようとするという姿勢は微塵もみられない。
今、問題となっている音量の件も、さきら側も承知していたものである事、NUMBERING MACHINEのスタッフのみならず、公募スタッフや公演を観に来ようとしているであろう観客の方々がいる事への責任を少しでも感じていれば、こんな態度は取れない筈だ。
「認識が甘かった。申し訳ないが解決の方法を考え合いたいと思う。」というような自己反省や、互いに思考し合おうという姿勢を含めた文言は、欠片も出てこないのだ。
しかも、我々がやろうとしているのは、「本番」である。飲めるものではない。
昼頃、話し合いは一旦中断する。

中断の間、驚くべきさきらの暴挙が露見する。
さきら側は、我々との朝の話し合いの最中、既にマンション住民に「8日、9日は中止」との情報を流していたのだ。
これは、解決への話し合いを続けていると思っていた我々に対する完全なだまし打ちであるし、契約違反でもある。
契約書の第3条には、
「この契約の履行が天災その他の避けがたい事由により不可能となったときは、甲・乙協議のうえ、契約を解除・変更することが出来る。」
とある。(甲は、財団法人 栗東市文化体育振興事業団 理事長 中野友秋、乙は、丹野賢一/NUMBERING MACHINE 代表 丹野賢一、と公演契約書に記載されている。)
現在の問題が「天災その他の避けがたい事由」であるかの判断も疑問であるし、協議は継続中で何ら結論は出ていないのだ。

さきらの行動は素早く、多岐に渡っていた。
HPにも8日、9日は中止との旨を掲載し、敷地内及び最寄り駅である栗東駅にも同内容の看板を立て、招待や予約をされていた観客にはメールや電話で中止の連絡をし、各チケットの取扱場所にも販売ストップの連絡をしていたのだ。
これらの内容が輪を掛けて酷いものだった。
中止理由が、この頃接近しつつあった「台風」としてあるのだ。
マンション住民に配られたビラには、中止理由は「音量」と謳っている。(このビラ自体はこの時点では私達はまだ見ていない。)
こんな捏造まで彼等は平気で行う。参考画像

捏造を行う理由を、想像してみよう。
理由が「音量」に伴う一部地域住民からの苦情だとしたら、さきらにも当然責任がある事になる。
これこそ、さきらは絶対に避けなければいけなかった事なのであろう。
責任回避、問題の隠蔽の為、文句の付けづらいたまたま接近してきた「台風」を利用してきたのだ。
ある方の言葉の引用だが、彼等にとって「台風」は「神風」であったのだと思う。
付記すると、この時点で台風は栗東近辺へ本格的な上陸はしていない。9日に可能性もあるという程度のものだ。

昼から、話し合いが再開。
ここでの出席者は、さきら側がプロデューサー・山本氏、事務長・谷口氏、副館長・仙石氏に係長の吉川素子氏。
NUMBERING MACHINEがアーティストマネージャー・松本、制作・山口、舞台監督・村瀬に、指輪ホテルのプロデューサー・上田茂が加わる。
当然、我々は了承していず協議中にも関わらず、何故中止との勝手な情報を各所に流すのかと追求する。
さきらの返答は「一刻も早く情報を伝えなければならないから。観客が来てしまっては困るから。」というものだった。
この時点で、完全にはっきりした。
さきら側は、我々と話し合いをするつもりなど全くない事が。
ただ、自分達の決定に従わせようとしているだけであるのだ。
何でこんなファシスト紛いになれるのか?金を出して、場所を提供しているから、そんな傲慢になれるとでも勘違いしているのか。
協議中であるのだがら「中止」情報を撤回するように要求する。するとまた会議にかけると言い出す。進まない。
「台風」が理由とされている捏造・事実隠蔽にも抗議する。
この抗議により、後にさきらのHPに彼らが掲載した中止理由は「台風」から「諸事情」と変わる事となる。
この頃から、さきら側は「台風」が接近しているという話をしきりにするようになる。
「苦情」の問題を話していて、我々自身でマンションの自治会と話し合いをしたいと提案すると、でも「台風」が来ているからと話を逸らし、現在は公演が出来ないような荒天ではないし、明日に関しても台風の進路は不明で決定が早過ぎると言えば、でも「苦情」がとまた逸らす。
ひたすら堂々回りだ。時間は刻々と過ぎていき、本番の時間が近付いてくる。
我々は「本番」を行いたい、さきら側は「リハーサル」しか認めない。この平行線に変化の兆しはは全くない。
夕方近くなり、本番の準備時間を考えるとタイムアップだ。
NUMBERING MACHINEとしては、今日の公演は本番として行う。明日9日が中止となる事は、我々としてはありえない。協議は続行する。
そのような態度表明をさきら側にし、本番への準備に掛かっていくしかなかった。
今日「本番」を行う為には。

開演直前、赤いツナギを着た出演者・スタッフほぼ全員が集合する。
私達にとっては「これは本番である」という事を皆に宣言し、皆でその事を確認し合った。

19時30分開演。
強くは無いが雨が降っている。
観客は、さきらからの中止連絡を受け取っていなかった方々と、我々が個別に連絡出来た方々だけだ。
10数名。勿論、当初の見込みより格段に少ない。
悔しいが、さきらの手口は大方成功してしまったのだろう。
野外装置内を、移動しながら観るこの作品、観客は配付したビニールのレインコート姿だ。
上演は確かな手応えの中、終了。
不十分なゲネプロ、雨、そして、さきらの暴挙。
これらの出来事は、逆に本番の内容だけは何としてでも納得出来るものとして上演しなければならないとの気持ちを、より増幅させる皮肉な効果になったかもしれない。
観に来てくれた旧知の「なにわのコリオグラファー・しげやん」こと北村成美さんが、引き締まった顔で「凄く良かったです。一生忘れない公演です。」と語りかけてくれた事が、いつも以上に心身に染みて染みてたまらない。

会場を出て、皆で今日も遅い食事を近所の店でとる。
我々の話題は、明日の本番に向けての話が中心だ。
中止など考えてはいない。更に作品を良くする為の作戦会議が続く。

制作スタッフからの報告でも事態が相当に深刻である事は間違い無い。打開策を考える。NUMBERING MACHINE対さきらという構造では無い取っ掛かりは無いだろうか。
公募スタッフの田中正明さんが、地元の人間の立場から、NUMBERING MACHINEでは無いさきらからのスタッフ募集に応募した立場から、この公演をどうしても実現したい、滋賀の文化としてもこれを中止すべきでは無いと思っている事を訴えると申し出てくれる。明日の仕事の時間をやり繰りしても。

今ここに、私達の公演をやりたいと言ってきた筈のさきらの人間はいない。私達のいる場所は知っている筈だ。にも関わらず来ていない。どういう事なのだ。プロデューサーの山本氏に電話をする。
0時過ぎであろうか。山本氏はやってくる。
田中さんの話も含め、山本氏に突き付ける。山本氏は明日上司との話し合いの機会を約束する。

また、明日昼間は、さきらの小劇場で、JCDN全国巡回プロジェクト「踊りに行くぜ!!Vol.5」という公演がある。
さきらでの公演では無いが、私も過去3回「踊りに行くぜ!!」には出演しているし、JCDNの会員でもある。※JCDN(Japan Contemporary Dance Network)
今回は我々の「026-METAL」と「踊りに行くぜ!!」のセット券も販売されている。
そんな経緯もあり、JCDNの佐東範一さんが、何とか明日の公演を実現するべく協力を申し出てくれ、深夜まで話し合い。

しかし、明日9日は最悪の事態が待っていた。(続く)