実録 026-METAL 日記後の四日間(その5)その4へ

丹野賢一
 
10月9日午後。
私達は、今日の公演を諦めざるを得なくなった状況下で、来てくださる観客の方々への対応準備に追われていた。
本日の公演が中止となってしまった経緯に関して詳しい説明をすべきなのは無論の事、何らかの形で今回の作品に触れて頂きたかったし、僅かでも楽しんでいって貰いたかった。
展示室での経緯の説明の後、特別にライトアップした美術装置内に入場して貰い、私達が内部の案内を行う事にする。
スタッフはその演出を考え、具体的な準備作業に入る。

私は、今日の公演が中止させられた事と、開演予定時刻から詳細の説明及び美術装置内に入って貰うプランがある事を知らせる文書を作る。
来場された観客の方々に配るものである。
また、もうすぐさきらの小ホールで行われているJCDN主催の「踊りにいくぜ!!Vol.5」が終演する。
ここには私達の公演「026-METAL」との共通チケットを買ってくださっている方が多くいる。アフタートークの前の時間を借り、この文書を読み上げる事にする。
当初は、私自身が小ホールに行き、文書を読み上げる予定であったが、JCDN側の希望もあり、さきらのプロデューサー・山本達也氏が下記の文面を代読する事となる。

本日10月9日の「026-METAL」は、さきら側により中止させられる事となりました。
我々としては、さきらが集めた公募スタッフも含めた全員でギリギリまで本日の公演のに実現に向け、努力とミーティングを重ねましたが、それは拒絶されました。

さきら側の了承を取らないゲリラ的な公演、例えば音楽や照明の電源を切られるような事態となったとしても、本日の公演を行なうべきではとの議論にもなりましたが、その事は今回の公募スタッフを含めた多くの人間が関わった作品を、完全な形で見せる唯一の機会である明日という日を失う事を意味します。断腸の思いで、本日の公演の可能性を破棄する事に致しました。明日、10月10日は予定通り公演を行ないます。

今日、我々の公演を期待してお越し頂いた方々には、本来の開演時間であった19時30分から展示室にて説明の機会を設けさせて頂き、また公演会場である野外美術装置内への入場もして頂きたいと考えております。

詳細は、その際に説明させて頂きます。
インターネットなどで情報が錯綜していますので、一点だけ話しますと、台風による中止という情報は、さきら側が捏造したものであり、実際には昨日も公演を行なっております。

2004年10月9日

丹野賢一


19時30分からの説明会に向け、準備は大慌てで進んでいた。
室内の展示室では観客を迎え入れる為の会場作り、野外装置内では今日だけの特別な照明の設置準備。
その頃、来場者に配る予定でいた上記の文書に関して問題が起きる。
さきらの副館長・仙石龍岳氏による検閲が行われたのだ。

文書中の最終段落、
「インターネットなどで情報が錯綜していますので、一点だけ話しますと、台風による中止という情報は、さきら側が捏造したものであり、実際には昨日も公演を行なっております。」
この中の「台風による中止はさきらが捏造したもの」「昨日も公演は行った」の二点を記す事は許さないと言い出している。
前者はマンション住民に対しては「音量等」と原因を書いたビラをさきら自身が配っている癖に何を言うかという所であるし、後者も我々としては「本番」をやると話し合いの席上で宣言しているではないか。
どうやら、対外的にはさきらと近隣住民との間にトラブルが起きた事は隠したい、もう一つは近隣住民に対して昨日はリハーサルと絶対に言い張らなければいけない、この二つが仙石氏の思考らしい。
当然、私達は反発する。納得しない仙石氏に対し、NUMBERING MACHINEのアーティストマネージャー・松本美波はこう言う。
「これは私達の見解であるし、仮にさきらの見解が違うのであれば、さきらはさきら側の意見を纏めてそれも配ったらどうですか?。」
しかし副館長・仙石龍岳氏は、さきらが見解を示す文書を作る気は無いと言い、それどころか私達の文書に関して「そんなものを配ったら明日の本番も中止せざるを得なくなってしまうぞ。」と脅迫してきたのである。
アート、表現を扱う公共機関の副館長が、平気で検閲を行い、目的の為なら脅迫までを行う。
これは絶対に許す訳にはいかない。

肉体言語に訴えたくなる憤りと、度重なるさきらの暴挙と稚拙な論議に最早呆れ果てている感情とがないまぜになる中、冷静に私達の主張が嘘にはならない文に書き換える。
癪ではあったが、明日の公演を実現する為に、今日の屈辱を飲み込んでいるのだ。ここで明日を無くす訳にはいかない。
説明会が始まる時間も迫っている。この場で仙石氏を糾弾したり、議論している時間は残っていないのだ。
検閲により書き換えを強要された部分を、
「インターネットなどで情報が錯綜していますので、一点だけ話しますと、台風による中止という情報は、さきら側の言い分であり、我々は関知していません。実際に昨日もリハーサルという名目であったものの、本番同様の内容を行なっております。」
とする。
ところが、この変更は無意味だったらしい。
何故ならこの作業の間に、仙石氏は更に態度を変えていた。
どんな文面であろうと、観客に文書を配る事は認めないと言い出しているのだ。
その理由をさきら副館長・仙石龍岳氏はハッキリと口にした。
「文字は記憶に残ってしまうじゃないか。」
馬鹿正直と言えば、正直の上の馬鹿が何乗にもなる位の馬鹿正直さだ。
副館長自らが、「さきらは人々の記憶に残っては困る事をやっています。」と宣言したようなものなのだから。
見解が違うならばそこを争えばいい。それはせずに、ただ何も無かった事にしたい、全てを忘却の彼方に追いやりたい、これが狙いなのだろう。
副館長と話していても無駄なだけだ。
私達は文書を余り目立たぬように手渡しで来場者に配り、他の資料と一緒に机の上にさり気なく平然と置いておく事にした。

説明会の時間が来る。
会場である展示室には、続々と人が集まり、椅子が埋まっていく。
50〜60人はいるだろうか。公演が行えない事を知っても多くの人が残ってくれている。
羊屋白玉が司会者となり、私から強行中止までの経緯や台風が原因でない事、この企画がこれまでの約3週間でどのように進行してきたのかなどの説明を行う。
さきら側から今この会場にいるのは、プロデューサーの山本氏と係長の吉川素子氏の二名だけだ。

皆を案内して、外の金属美術装置内へ。
特別仕様の、赤くライトアップされた金属美術装置。本番とはまた違う風情が生まれている。
装置内を移動しながら、作品のコンセプトや仕掛けなどに関して、美術の石川雷太から説明が行なわれる。
いつしか装置内の人間達は数グループの小集団に分かれてくる。今回の問題に関して、各所で自然発生的に分科会が出現する。
展示室に戻っても、観客を交えた議論は続く。

明日は最後の本番日だ。
明日の為に私達は今日怒りと哀しみの感情を何とか抑えたのだ。何としてでも良い作品を上演しなければならない。
公募スタッフも含めた約30人の意識はそう統一されていた。
奇跡的な程の結束力を持った集団が生まれていたように思う。(続く)