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犬島の奇跡
2003年3月23日 当HP掲示板寄稿
高橋大助

PHOTO/TOKURA KOUICHIRO
犬島 PHOTO 瀬戸内海の小島にある、いまは廃墟となった銅精錬所の跡地に丹野賢一が立つ。
良いに決まっている。むしろ決まりすぎるくらいではないか、と行くのに幾分か躊躇したくらいだ。

 開場になり、最初に案内されたのは元は精錬所に供給する電力を作り出していた煉瓦造りの建物の残骸のまえ。
生々しさはなく、静かな佇まいだった。
もう贖罪は済んだのだろう。
ハードな文明の痕跡は絡まる蔦を仲立ちに大地と融和しつつあるように見えた。蝉時雨が風景の静謐さを際だたせる。
半壊したその建物の二階部分の海に向いた壁は完全になくなり、残りの三面も窓は抜け落ちて、アーチ型の大きな穴があいている。まるでステージのようだと思っていると黒ずくめの男が登場。威嚇するように動き、倒れる、その姿に説得力を与えていたのはやはり「廃墟」だった。静寂の向こうにある「建物」の記憶を丹野が体現する。それは能の修羅物を連想させた。
飽くとことなく摂理に反したハードなエナジーを生産し続け「かれ」の恍惚と悔恨とを、丹野の身体にぼくは幻視した。
 どちらかといえば、ものを「変形」させる(例えば、壊す)ことで独自の世界を築いてきた丹野が、ここでは受け身であり聞き役だった。
ひとまずは「廃墟」の力だが、その力を利用するコツを彼はつかんだのではないか。
「廃墟」を後にして森へと消えた丹野を追い、迷い込むようにして、けものみちを進むと、急に視界が開ける。小さな草原と立ちふさがる茶色い乾いた絶壁。壁面を背にした丹野はいつの間にか白いドレスシャツに着替えている。
目を閉じ、穏やかに身体をくねらせるその姿は、イノセンス、ということばが相応しい。この感じは、彼が20代前半に「甘美室」として活動していた時代にはあったものだ。
ビー玉を頬張り、ひとつひとつ口から垂らしていくとき、無色の液体で満たされた透明なビニール袋を抱きしめながら炎の揺らめきを見つめるとき・・。
ただ、そのイノセンスは瞬時のことで、すぐに苛立ちへと変わった。あまりにも脆いイノセンス。
まさに時分の花、舞台上の少年の輝きだった。
ところが、この盲目の王子は違っていた。
壁面を登ろうとしては崩れ落ち、埃まみれになりながら、その表情はいつまでも無垢なまま輝きを保ち続けた。
突っ伏し、地を這いながらも、その身体には揺るぎないイノセンスが宿っていたのだ。
 やや呆然としたぼくを置き去りにして丹野は森を抜ける。
最後の場面は、切り出された花崗岩が波よけとして沈められた海岸。真っ赤なコートを羽織った彼は、ここでは明らかに場違いだった。その違和感が不安をかきたてる。
こちらの心配をよそに、丹野は静かに海へと分け入る。
穏やかな波に洗われながら海に立った彼は、瓦礫を足場の不安定な状態にもかかわらず、激しく両の腕を振り回す。
まるで、島全体を指揮するかのように力強く。
しかし、その傲慢さをあやすように海は丹野の身体を徐々に包み込んでいく。やがて、潮に抱かれながら、彼は流され始める。
遠くなるその姿は、まるで、海神に捧げられた真っ赤な花弁のようだった。


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